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カイツブリ

今朝、いつもの場所を訪れたときには、すべてが変わっていた。
カイツブリも、その卵も、どこにもいない。
最後の卵に不幸があってカイツブリが去ったのか、カイツブリが去ったあとに卵が食べられてしまったのか、それは正確にはわからない。
ただ、こうなるような不安はあった。きのうのカイツブリの落ち着きのない様子は、やはり帰ってこないつがいを探していたんだろう。カイツブリはつがいで協力して卵と雛を育てるため、一羽のままでは採餌も抱卵も育雛もままならない。そうして一羽きりで2日間過ごすうちにカイツブリは限界を迎えて卵を放棄したのだと思う。子を育てるためにはまず親が生きなくてはならない。
こうなるような不安はあったが、思っていたよりも苦しい。
こうなることで、自分がこんなにショックを受けるとは思っていなかった。今日、湖に着いて、遠目にからっぽの巣を見たときから、朝の食欲が一気になくなる感覚があった。
巣の近くまで寄り、どこかにカイツブリが潜っていないか、このまえのように水の中に卵が落ちていないかと探す、待つ。ずっとずっと待ったが、巣はいつまでも空っぽのままだった。

ぐったりした気持ちになった。きょうは本当に会社に行きたくないなと思った。なにか適当なうそをついて休もうかと思った。湖を眺めた。遠くに、別のカイツブリのつがいが営巣している様子が見えた。一羽が卵をあたため、もう一羽がせっせと水草を巣に運ぶ。私にはよく見慣れた姿だった。
私がずっと見ていたカイツブリも、いまごろどこかで別れてしまったつがいを探している。もしそのつがいが見つからなければ、新しい相手とつがいになり、また卵を産み、温める。もう二度と姿は見えないが、この湖のどこかで、次の雛を育てるために生き続けている。それは間違いがないと私には思える。カイツブリは悲しんだり、悩んだり、立ち止まったりすることはないからだ。巣が壊れたらまたつくる。卵が失われればまた産む。カイツブリが合理的に生きる姿勢を私は知っている。
元来、生き物が命をつないでいくこと、あるいは命をつないでいくことに失敗すること、そんなところにドラマなどはないのだろう。それはきっと人間が商業のなかで大きくふくらませすぎた幻想だ。私たちは、生きていくなかで起きる喪失に必ずしも無力感を感じなくてもよい。やりなおすこと、もう一度失うことに怯える必要はない。
それがこの16日間のカイツブリの観察で私が学んだことだった。私たちはきっと、本当は、そんなに悲しまなくてもよいのだ。
だから私は、3つの卵が孵らなかったことを悲しむのをやめ、車に乗り、いつものように会社へ向かった。