260628 3時27分

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カイツブリ


きょうは湖でトライアスロンがあり朝から交通規制がかかるためキモすぎる時間に出発。

 


夏至のころにもかかわらず、完全に夜。

 


着きました。

台風が過ぎ、世界が落ち着きを取り戻した。

 


カイツブリの巣から卵が消えていました。

絶えず新しい水草で補強していたカイツブリの巣自体もぺしゃんこになり、流れた水の勢いを物語っていた。

ただ横でなりゆきを眺めているだけの人間にショックを受ける権利はない。それは勝手に物語を描くことで自分で自分の感情を刺激して気持ちよくなっているだけだ。理性ではそう思うが、それでもやはり、新しい命が無事に生まれてこなかったことは残念に思う。

 


カイツブリのつがいといえば、まるで卵なんて最初からなかったかのように、夜明けからせっせと巣に水草を重ねていく。また次の卵を産み、それを孵すための巣を作りなおしていく。

彼らに「喪失感」や「無力感」を感じる機能は備わっていないのだろう。そんなものはいらないのだ。徹底して前を向いている。徹底して前を向かないと、過酷な自然の競争のなかで種を保存していくことはとてもできないのだと思う。

人は落ち込むことがある。私は子供のころから何度も落ち込んできた。今朝も、卵が消えて落ち込んだ。その感情があることを不思議と感じたこともなかった。しかし、あらためて思えば、人にはなぜこんな感情があるのだろう。カイツブリのように、ずっと前を向くことができればいいのに。

 


もう明日からここに来ることはないんだな、と思って、また寂しい気持ちになった。ひとりで勝手に感情を動かして気持ちよくなって、無邪気なものだ。もう帰るというところで、カイツブリが空になった巣の上に乗った。あたためる卵を探しているのだろうか。そこにはもう、おまえの産んだ卵はない。

 

 

 

 


水のなかから、卵がひとつ出てきた。

卵は残っていた。強風にも濁流にも負けず、まだそこにあったのだ。

 


この卵がまだ生きているのかはわからない。卵のなかで死んでしまうこともある。ただ、今日という日を経て、終わりまで見届けたいという気持ちが私のなかで強固なものになった。

この先、この親子にはどんな障害が待ち受けているのだろうか。これまでに起きたことを振り返り、これからの未来を想像して不安になる。

カイツブリに不安はない。ただ目の前の卵をあたためるだけだ。

 

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