260221 編集長交代の撮影に同行した


なんかよくわからんうちにオモコロ編集長交代の場に立ち会うことになってしまった。

オモコロにとってのひとつのターニングポイントになる記事に関われたことはひとりのオモコロファンとしてうれしい。これについてはほかのオモコロライターも相当うらやましがっていることだろう。もしこれが他のオモコロライターだったら俺は恨めしいほどうらやましいからだ。

原宿さんたっての希望で『鬱蒼とした森』のなかで撮影をしたいとのことで、私が多少そういうエリアに詳しいこともありいろいろ助力させていただいた。編集長が交代することは知っていたが、この撮影が編集長交代の記事のためとは知らなかったため、それはびっくりした。

 

いわゆるバーグの撮影に同席したのは初めてのことだったが、

原宿「ここに『しっこの玉』が浮いていて、それがスーってみくのしんに入って、「ぜんぶわかったっす」って感じで」

みくのしん「わかりました」

みたいな感じで、とくに笑いもなく、「なんなんすかそれ笑」もなく、淡々と「わかりました」の調子で撮影が進み、隣で見ている俺は頭がおかしくなりそうだった。「わかりました」じゃないだろ。いま原宿の口から出たセンテンスのうち、わかる箇所を探すほうがむずかしいだろ。しかしそれがこの場の『あたりまえ』である以上、そこで俺が「なんなんすかそれ笑」とでも言おうもんなら俺のほうが異分子になってしまう。そのためとりあえず俺もあたりまえみたいな顔をして撮影の場にいた。

あたりまえみたいな顔をしていると、知らず知らずのうちに心もあたりまえ側に寄っていってしまう。撮影が終わるころには「ダッシュボードを開けたらボンタンアメがめっちゃ入ってる、って感じで」と原宿さんに言われても「わかりました」という気持ちになっていた。もしあの場で原宿さんがいきなり自分の親指を齧り切っても、みくのしんがあたりまえみたいな顔してそれを眺めていれば、俺もあたりまえみたいな顔をしてそれを眺めていたと思う。マインドコントロールとかって、私たちが思うよりも簡単なんでしょうね。

 

俺もみんなみたいに原宿さんとの思い出を書こうと思ったが、本当に一篇もない。なんならこの日はじめて会話した。でも『男子必読!最強合コンテクニック!』が私とオモコロの出会いなので、そういう意味で、あなたは私の人生を明確に変えた人です。

原宿さん、お疲れ様でした。

 

 

新編集部についてはもう最高の布陣といった感想しかない。

外側の人がどう感じるかはわからないが、この人事に異がある人間は内側にはひとりもいないだろう。オモコロライターのひとりとして、みくのしんが編集長になることはかなり自然なことのなりゆきに感じる。それぐらいの求心力と実力がある人間だ。

私はみくのしんをシンプルにライターとして尊敬している。『オモコロ20周年展』のパンフレットの企画で『オモコロでもっとも印象的な記事』を問われたとき、『フルーツサンド』以外の解がなかった。ほかに候補も浮かばなかった。それほど突出している。オモコロの歴史のすべてのなかで、俺の人生のすべてのなかで、あの特集がいちばんおもしろい。

副編集長になるかまどさんについてはもう、言わずもがなであるが、編集者としての能力に疑いようがない。おもしろウェブ記事の鬼。個人的には以前より記事についてお世話していただいているし、なんならそれが今回の人事に多少影響してしまっているのではないかと思わなくもないが、今後かまどさんが広く特集記事を見るのであればオモコロ特集の品質が底上げされていくことは間違いないだろう。

同じく副編集長の恐山さんは、『放任主義とは名ばかりのネグレクト』『自分で生きる力があるやつだけが生きろ』という姿勢の旧オモコロ編集部体制のなかでは唯一といっていい、提出した記事案などにちゃんと意見をくれる人。というか、「これ、だれも返信してあげなかったらかわいそうだな」という心がある人。いつも本当にありがとうと思っています。こっちから編集部部屋になにかボールを投げるとだれもボールを持とうとしないので(ボールを持つと多少なりとも責任と仕事が発生してしまうため、全員がボールに気づいていないふりをする)、その転がっているボールをしかたなく持ってくれるやさしさがある。かわいそう。こういう損な役回りの人はどの会社にもいる。

雨穴さんは本当に接点ゼロなので、なにも言えることがない。ただただ、これからよろしくお願いします! というきもち。

 

総じて、旧体制よりもかなりライターに親切になるだろう。それは確かにうれしいことではあるのだが、ただ旧体制にあったある種の『ドライさ』がライターの新陳代謝に大きく寄与していたことは間違いない。あれはあれで正しい編集部のあり方だったのだろうと、いまになれば思う。ドライであったからこそライターは消えてゆくことができた。やさしくされたら勘違いしちゃう。みくのしんはオモコロライターを愛しすぎてる(小学館 Cheeseフラワーコミックス) 。書かない人間はきちんと消えていかなければならない。書かない人間をいつまでも友達のように扱ってしまえば、そいつは自分をいつまでも『オモコロライター』と誤認し続けるだろう。書かなくなったライターはきちんと死ななくてはならない。死んで次の人間と変わっていかなくてはならない。オモコロ編集長がオモコロ編集長でなくなったように。「みんな友達」だと5年後のオモコロ新年会は200人を超えてしまいますからね。

 

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