今月また記事が出ます。
そのまた次の記事もやりはじめているし、えらいわ。俺がオモコロだ。
なのだが、
このまま記事を書いていても、なんにもならんのでは?
いままでも記事を書いてきて、なんにもなってはいないのだが、それは記事がウケてなさすぎるからなんにもなっていないのだと思っておりました。そりゃあ『誰もいない公園で1日を過ごす記事』を書いてもなんにもならんよ。しかしウケ太郎になったいまも、まったく兆しがみえない。みえません。記事や俺やがなんかになる兆しが。
まあ、いろんな角度から「ちょっと待て」は言える。「ただお前の記事がなんかになるほどウケていないだけ」とか、「そもそもなんかになるために記事を書いてるわけではないだろ」とか、「記事がなんかになるって何?」とか。そういう反論が想定される。そういうこと言われたら俺は機嫌の悪いときのあなたの彼氏みたいに黙ることしかできない。反論に対する反論をもちえない。俺は理屈じゃないからだ。
本当に、なんにもならん。
ならんな~
しかし人の欲とは際限のないものです。オモコロ杯でいい賞をもらうのだってとてもすごいし、そこからオモコロライターになれるのはさらに少数。オモコロに入ってがんばって記事を書いてもだいたいの記事はぜんぜん読まれない。俺は「オモコロ杯でいい賞をとりたい」「オモコロライターになりたい」「オモコロ特集でウケたい」、そういうステップを一段一段ゆっくり経て、ようやく書く記事が読まれるようになってきた。『悪役令嬢』以降を藤原2期とし、年末のランキングに入ることを『ウケ』としたとき、体感『鳥』も『ウケ』にギリ届いていると仮定すると、2期の成績はなんと5/7。3文字でいえば、すごい。4文字でいえば、すごいよ、といったところ。今月に出る記事も、まあスベりはしないだろう。まあスベりはしないだろう、だって。生意気な。いやまあ、スベりはしないです。ウケ太郎なので。
にしても、なんにもならんな。
ほんとうに、なんにもならん。影も形もない。
なにこれ?
オモコロウォッチのイベントアーカイブが7000枚売れているというポストを見て、くらっときた。はぁ? なにが起きてんだよ、世。そりゃもう、この人たちは記事書いてる場合じゃねえ。企業として利益を追求したとき、おもしろい人たちは記事を書いている場合ではない。その事実が俺をうろたえさせる。
俺も、書かなくてもいいなら書かないだろう。でも俺は書かないと、全員が俺のことを忘れてしまうので、忘れてほしくなくば、書くしかない。書くのは大変だ。書くこと自体がすごく大変だし、そのうえスベることが多い。書かずに済むならだれも書きたくない。書かなくても許されるポジションになると誰も書かなくなることからもそれはあきらか。書くとだいたいスベるからだ。大変なのにスベる。ウェブ記事にはいいことがない。スベりたくないから書かない。そうしてみんな書くことをやめていく。
まあ、書くことはたのしい。それはたしかにそう。アイデアを思いついて、撮影して、組み立てて、みたいなことは、大変ながらもたのしいと言えなくもない。たのしいよね! ウェブ記事さいこう!! いいえ、ウェブ記事は最高ではありません。ウェブ記事はあなたをどこへも連れていかない。ウェブ記事はあなたをいざなうが、その先はどこまでいっても袋小路だ。奥に行くほど帰りは遠い。そこのお若い方、ウェブ記事に情熱をささげるなんてバカなことはやめなさい。もったいないよ。あなたには才能があるのだから。あなたにはイベントアーカイブ7000枚売れるIFルートがある。このウェブ記事の頂をめざしてもそこへ至ることはありません。オモコロ杯の先に”オモコロ”がないことを知れ。
それでも『ウェブ記事』っていいものだ、みたいな雰囲気で締めることもできるが、そんなことはいたしません。うるせえよ、って思う。よくねえよ、って思う。俺は人様にお見せできるものがこれしかないからこれをやっているだけです。これ以外にもできればそっちに行きます。できないので、引き続きウェブ記事でがんばらせていただきます。いいものだとは思っていません。いや、うそ、おいら、ウェブ記事ってだいすきさ。でもそれは読者としての俺の意見で、ライターとしての俺の意見ではない。だれかは書いてくれ。俺は書きたくない。いや、書くのもたのしいけど、何? 複雑ですね。俺はなんで書いてんの? は? オイ、なんだおまえ、こっち見んなよ。バッターンあおむけに倒れて大きい声だしたろかい。んもーーーーーーっ!!!! フンワーーーーーっっ!!!!
俺はもうずっとキレてるんだよ。全員に。すべてに。いい加減にしてください。ちくしょう。俺はあと何回ウケたら許してもらえるんですか?
