240226

 

TOEIC王への道
資格をとるやつ
プロ野球チップス
キョンを許さない
アフィリエイトの虎
NHKオンデマンド
きょうの一輪挿し
自由記入欄🚢

自由記入欄

人生、SNSを見ていない時期のほうが明確に調子がいい。

けっきょく他者との比較がいちばん心によくない。いまのツイッターはログインをしないとまともに投稿も見られないmixiみたいな仕様になっているのでログアウトしておけばなにも情報が入ってこない。俺はだいたい1ヶ月ごとログインする時期、ログアウトしておく時期をふらふらと繰り返しているが、ツイッターを見ていない時期のほうが明確に心に負担がすくない。俺は俺なりに十分な人生を送ることができているな、という実感を持つことができる。ふつうの人の範疇でそれなりに恵まれているしそれなりに幸福だ。おしつぶされるほど大きな悩みがあるわけではないし、借金やご近所トラブルがあるわけではない。ジャックポットのような人生ではないが、運のよいことに、得難い幸福のなかにいる。

しかしひとたびツイッターにログインしてタイムラインを眺めると、そのささやかな幸福の花を燃やし尽くす怨嗟の火災旋風が俺の心に吹き荒れる。うらやましさで食道炎になる。だれかが自分より成功している様をよろこべる人などいない。だれかの成功をよろこぶことができるのは、その成功が自分にとって取るに足らないものであるときのみ。だれかが運よく1万円を得た様を見て素直によろこべるのは1万円を取るに足らない金額と捉えている人のみであり、だれかが運よく10万円を得た様を見て素直によろこべるのは10万円を取るに足らない金額と捉えている人のみであり、だれかが運よく100万円を得た様を見てよろこべるのは、これまた100万円を取るに足らない金額と捉えている人のみである。幸運と書いているが、努力の末に得たものでも同じだ。おそろしいことではあるが、他者から眺めればどちらもさほど違うものには見えない。

SNSを見ているといろんな人の様々なアングルの「1万円を得た程度の幸運」「10万円を得た程度の幸運」「100万円を得た程度の幸運」が頻繁に目に入る。ポケモンバトルのように相性があり人によってダメージを受けにくいアングルと受けやすいアングルがある。俺は会社員として働いており独身であるので誰かが金銭的に1万円、10万円、あるいは100万円を手に入れたぐらいでは割と素直に「いいね」と思える。もしくは、だれかの「出版社から本を出すよ!」という話も「まあ、俺も出してるしな」という気持ちがあるので「いいね」と思える。だれかの「結婚しました!」という話も大丈夫だ。特にダメージは感じない。対して、俺の弱点は「みんなでワイワイやってまーす!」という投稿だ。これはもう本当に見たくない。1万円程度のワイワイも見たくない。画像が一番最悪だが、文字面でも見たくない。総毛立つ。は? 俺も仲間に入れてもらいたいが? という気持ちで血が満ちる。なぜなら俺は人生にワイワイする相手がいないからだ。100万円のワイワイ、なにが100万円のワイワイなのかは知らんが、100万円ぶんぐらいたのしそうなワイワイを見るともう反射的なブラウザバックでは対処できないほど脳に焼き付く。ずっと残る。ずっと。実際に熱を帯びて焼けているんだろう、脳のどこかが。これ以外にも弱点なんていくらでもある。「いい大学出てます!」とかもちょっとダメージを食らいがちだ。そこに小さいコンプレックスを持っているから。

他者の幸運を素直によろこべるのは強い人だけだ。強いというのはいろんな面で多くの「資産」を持っている人。シンプルに金銭であったり能力であったり容姿であったり。人は、自分にとって取るに足らない他者の成功のみを素直によろこぶことができる。金持ち喧嘩せずとは本当によくいったものだ。この世界、多くの資産を持っている人だけが冷静でいられる。

 

「240226」への3件のフィードバック

      1. いつになるかは分からんけど、まじで呼ぶよ(コメントで)! そん時は来てね〜

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です