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記事候補1

『ピンポン』 4巻 松本大洋・小学館

「風間さん、誰のために卓球やってます?」

「無論、自分のため」

「冗談いわないでください。今のが本音なら、俺だって何も…  ちっ 余計な事言ってるなどうも  スミマセン忘れてください  行きます、俺  話ができて良かった」

「佐久間よ  恨むか、私を」

「同情してますよ、あなたにはわからないでしょうけど」

 

読者視点ではなく、ピンポンの世界の住人の視点からドラゴンという人物を眺めたときに、彼を構成する要素は大きく分けて2つ

① 高校生ナンバーワンプレイヤー
② 他者のために身を捧げる聖人性

アクマは、ドラゴンのようになりたいからと海王に入学している。俺は、ドラゴンが最強のプレイヤーであるがゆえにアクマは憧れていると思っていたんだよな。

そしてアクマがドラゴンと並んで崇拝している存在として挙げられるのが円谷幸吉。寮の部屋にポスターが貼ってある。東京オリンピックで銅メダルを獲得したマラソンランナー。円谷幸吉は『努力・忍耐』の象徴のような人間であり、東京オリンピック後も国民の期待に応えようと必死で努力を続けるが、次第に肉体と精神に過大な負担がかかり、ついには自ら命を絶ってしまう。あまり私が知ったようなことを書くこともはばかられるような人物であるのだが、アクマはこの人を自らのロールモデルとしている。

アクマが円谷幸吉を尊敬しているのは、その努力の姿だと思っていた。アクマはほかのプレイヤーよりも何倍もの努力をしているキャラクターとして描かれている。誰よりも努力をしたうえで、才能のあるプレイヤーにはついぞ追いつけない人間として描かれている。だから努力の人・円谷幸吉を強く崇拝しているのだと思っていた。でもアクマが本当に憧れているのは、ドラゴンの強さではなく、円谷幸吉の努力ではなく、2人に通じる『他者のために身を捧げる聖人性』なのかもしれないなって、いまは思っている。

「ドラゴンのようになりたい」というのはドラゴンのように強いプレイヤーになることというよりは、どちらかというと「他者のために打てる強さ」のような部分が大きいのかもしれない。もちろん、誰よりも強いプレイヤーであることは凡人のアクマにとってなによりも羨ましいことではあるので、総合して憧れているのではあるんだろうけど。アクマが、ドラゴンについてその単純な強さではなく聖人性を強く尊敬している、そこに強く憧れているということであれば便所での会話もつかめてくるような気がする。

「風間さん、誰のために卓球やってます?」

「無論、自分のため(に打ちたいという希望、聖人ではなく凡人の考え方)」

「冗談いわないでください。今のが本音なら、俺だって何も(あなたに憧れたりはしなかった)  ちっ 余計な事言ってるなどうも  スミマセン忘れてください  行きます、俺  話ができて良かった」

「佐久間よ  恨むか、私を(虚像でアクマを憧れさせてしまったこと、自分も凡人であると明かしたことを)」

「同情してますよ、あなたにはわからないでしょうけど」

そして、ドラゴンのことを想って、これまでの自分の歩みを振り返って「少し泣く」という流れとすれば、理解しやすいかな。 

でも、じゃあアクマが誰のためにプレーしているかっていうと「チーム(他者)のため」じゃなくて徹底的に「自分のため」なんだよ。「風間さんに認められるために、ペコに勝つために」やってるんだから。ここがちょっと腑に落ちないんだよな。ドラゴンの聖人性に憧れているんだったら、そういう打ち方についても影響を受けそうな気がするけど。憧れて、それでも自分はそうなれなかったってことかもしれないが、でもそれにしてもアクマはドラゴンの強さに憧れている描写はあれどドラゴンの聖人性について憧れている描写がない気がする。もしドラゴンが自分のためにプレーする人間であったならアクマはドラゴンを尊敬しなかったのだろうか?

あと、昨日から言ってるが「無論、自分のため」と言っているとき、ドラゴンは自身が誰のためにプレーしていると思っているんだろう。だって、この時点ではドラゴンは自分のためには打ててないじゃん。自分のために打てていたら便所に籠って怯える必要がない。じゃあ、「無論、自分のため」は嘘? でもドラゴンはこの便所ではウソはつかないと思うんだよな。便所はドラゴンの心の中だから。じゃあ、「無論、自分のため」は真?

嘘ではない、真でもない、また別の何かなのか。

むずかしいわ。ピンポンは本当にむずかしい。今日は仕事をするふりをしてずっとピンポンのことを考えていた。ピンポンのことを考えているうちに仕事が納まった。

ピンポンを読んだことのない人からすればなんのこっちゃと思うだろうが、それは一切弁解の余地なくピンポンを読んでいない君が悪い。謝ってください。あなたから、私へ(『切手のないおくりもの』のアンサーソング?)。

 

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